ニュースリリース

11/5 「Effectiveness.jp」にて朝比奈の対談の様子が掲載されました。

フランクリン・コヴィー・ジャパン社が、ビジネス・パーソンのためのスキルとツールを提供するWebサイト「Effectiveness.jp」にて、朝比奈と竹村富士徳 取締役副社長との対談が掲載されています。

 

題名:始動するリーダーシップ すべては「志」からできている

第1回:始める、動く = 始動力 〜 思いを行動につなげるリーダーシップ〜

●モラトリアム型人生の中で芽生えた問題意識 

竹村
朝比奈さんの経歴はユニークですね。東大法学部から経済産業省(当時は通商産業省)に入省されて、途中、米ハーバードの大学院にあたるケネディスクールに留学されて。5年前に官僚のキャリアを捨てて、青山社中を立ち上げられました。
朝比奈
経産省には14年くらいいました。役所に対する問題意識があって、ずっと役所の改革運動をしていたのですが、その仲間たちと2010年に会社を興したんです。

いろいろな政党や政治家さんの政策をつくったり、調査したりというのが、メインの仕事の一つで、同時に、日本にはリーダー人材が足りないということで、人材育成を目的にした「青山社中リーダー塾」を開講しました。
竹村
やはり、いったん外に出て日本をご覧になったことで、「これはどうなっているんだ」みたいなところがおありだったのでしょうか。
朝比奈
ええ、ありましたね。僕が通っていたケネディスクールには、行政とか政治を志す人が多くて、そこでの経験を踏まえて役所の仕事を見ていくと、日本人と他の国の人たちとで決定的に違う部分がありました。中でも、僕の中で一つのきっかけになったのが、役所での予算要求の仕方でした。何かやりたいことがあると、財政を預かる財務省のようなところに予算要求するという仕組み自体は各国ほぼ変わりません。ただ、自分の考えを実現するために「金をくれ」と言う、その際の説得の仕方が、なぜか日本だけ全然違うわけです。

他の国は「今この政策をやればわが国は世界をリードできる。だから予算を付けてくれ」と説得します。でも、日本だとその言い方だけではダメで、「この政策は、米国もフランスもイギリスも皆やっていますから、ぜひやりましょう」と言うと通りやすい(笑)。そういう現実に、あるとき、はたと気づいたんです。

竹村
なるほど。国民性の違いを笑う小話で、沈没しそうな船から水に飛び込むとき、「皆が飛び込むのを見て飛び込むのが日本人」というのを思い出しました。
朝比奈
似ていますよね。米国人は「今、飛び込めばお前はヒーローになるぞ」と言うと動くけど、日本人は皆が飛び込んでいるの見てやっと動くという。
竹村
やはり、現実もそうなんですね(笑)。
朝比奈
そのときに初めて、リーダーシップについて何となく実感として理解し始めた気がします。ケネディスクールはリーダーシップ教育で有名なんですけど、僕はそんなことも知らず、名前も売れてるし、みたいな感覚で行ったんですよね。恥ずかしながら、自分の人生を振り返ると、周囲を見て「何となく」とか「とりあえず」で選ぶことが多くて。みんな仰ぎ見ているし、とりあえず東大に行っておけば損はないだろうとか、国家公務員試験を受けて何かポジションを得ておけばいいだろうとか。「モラトリアム型人生」と呼んでいるんですけど、ずっとそんな感じでやってきました。
竹村
「何となく」でやってきて、朝比奈さんのようなキャリアを築ける人も、そうはいないと思いますが(笑)。 

 

●目からウロコのリーダーシップ論

朝比奈
行ってみて、この学校ってリーダーシップが売りらしいと気づいたのですが、「大学院まで来て、なんで今さらリーダーシップなんだろう」と思ってしまうくらい、当時の自分のモラルは低かったんです。僕自身は経済をメインに勉強していましたが、リーダーシップは必修科目だったので仕方なく学び、そこで各国の行政官との話し合いなどを通じて、リーダーシップって大事だと体感しました。
竹村
やはり、目からウロコくらいの感覚でした?
朝比奈
そうですね。思っていたことと全然違いました。その頃から少しずつコヴィー博士のことも意識し始めて。『7つの習慣』は今も愛読書の一つです。
竹村
ありがとうございます。あの本全体を通してコヴィー博士が何を訴えているのかというと、結局はリーダーシップに行き着くように思うんですよ。

コヴィー博士のリーダーシップというのは非常にユニークで、いわゆる偉い人たちによるマネジメントみたいなものではなく、揺り籠から墓場まで、一人ひとりの中にリーダーシップを育成しようというコンテンツなんですね。
朝比奈
なるほど。うちのリーダー塾も「国や社会のことを考えつつ、変革に向けた行動を起こすことのできる人材」を育成することが目的で、塾生が集団のトップになるかどうかはまったく関係ありません。ケネディスクールの講義でも、まず強い印象を受けたのが、キング牧師とかマハトマ・ガンジーの話でした。彼らは自分の仕事をやる中で、問題意識を持って行動しているうちに、どんどんフォロワーがついてきたんですね。
竹村
彼らは最初から黒人解放とか独立を目指していたわけではなかったと思います。でも、目の前の問題に対して、ひるまず行動を起こした人たちです。
朝比奈
『7つの習慣』でも、マネージャーとリーダーの違いについてはかなり出てきます。特に、リーダーとは森の中で高い木に登って叫ぶ人物だという部分は、自著にも引用させていただいたくらい、非常に印象的なシーンの一つでした。
竹村
コヴィー博士はリーダーシップについて多くの言及をしていますが、その中でもよく使われているのが、「Leadership is not your position, but your choice.」というフレーズです。キング牧師やガンジーがまさにそうですよね。自分自身がチョイスをしたからこそ、リーダーシップを発揮していくようになっていった人たちです。

一方、私どもの研修で「リーダーシップの定義って何でしょう?」と尋ねると、皆さんの答えが本当にバラバラなんです。それくらい、リーダーシップという概念は日本人にはわかりづらいですし、リーダーシップという言葉だけでまとめきれないものがあるような気がします。 

●リーダーシップとは、始める、動く力

朝比奈
マネジメントについても、ケネディスクールで学んでみて、それまで思ってきたこととは全然違うと思いました。経産省のとき、いろいろな商社の方と名刺交換をしましたが、「何とかユニットリーダー」とか「何とかチームマネージャー」とか、どこもリーダーとマネージャーの使い分けなんてできていませんでした。
竹村
そうなんです。じゃあリーダーシップというのは欧米的な概念なのかというと、それも違うと思うんです。単語としてはともかく、こういう考え方というか人としてのあり方というのは、もともと日本にあったものだと私は考えています。
朝比奈
僕もそう思います。リーダーシップについては訳語が本当によくないと思うんです。だいたい辞書を見ると、リーダーシップは「指導力」で、リーダーは「指導者」ってなっているじゃないですか。これ、違うよなと、1年くらい考えて、僕は同じ発音の「始動」という訳語に変えることにしたんです。ちょっとシャレみたいなんですが、始める、動くで、始動力。まだ全然広まっていません(笑)。
竹村
なるほど、面白いですね。
朝比奈
コヴィー博士もよくおっしゃっていたと思うんですけど、自分を変えて、自分をまず導く。まずはリード・マイセルフみたいなところから始動していく。フォロワーがついてくるかどうかは、あまり関係なくて、逆にフォロワーに合わせようとしすぎてもいけない。むしろ、非連続というか、ある意味、フォロワーが想像もつかないようなことを着想して、真っ先に動く。コヴィー博士の表現で言えば、皆には見えてない景色を、木の上から見ているわけで、初めは誰もついてこないかもしれないけど、それでも始動する。ということで、僕はリーダーシップというのは、始める、動く力だと思っています。
竹村
まず、スタートをするかどうかという選択があって、具体的にフォロワーがいようがいまいが、実際に一歩を踏み出す。それがリーダーシップということですね。
朝比奈
そうなんです。そういう力を大事にするという意味では、竹村さんがおっしゃるとおり、日本にもずっとあった考え方だと思います。

始動する原点として、「どれだけ死を意識するか」「どれだけ後世を意識するか」「どれだけ自分自身というものに向き合って意識するか」、これを僕は「三つの本質」と呼んでいますが、すごく重要なことですよね。たとえば、松下村塾の吉田松陰とか、札幌農学校のクラーク博士とか、基本的に「自分が何とかする」という覚悟がありました。自分が動くことによって周囲に影響を与える。何かを始める以上、そういう覚悟が大事だと思います。

コヴィー博士の考え方にも通じますけど、日本や東洋に昔からあるものと、欧米の考え方を組み合わせてやっていくことが大切なのではないでしょうか。 

●古今東西のリーダーをケース・スタディとして捉えてみる 

竹村
日本古来の考え方と欧米的な考え方。その両者の長所を組み合わせて、リーダーシップを最善のものにブラッシュアップしていくには、具体的にはどのようなアプローチが必要になるとお考えですか。
朝比奈
古今東西のリーダーと呼ばれる人たちをケース・スタディとして捉えてみる、というのは一つの鍵になるような気がします。欧米ではリーダーシップのケース・スタディに伝記をよく使いますね。やはり人物教育が大事ですから。うちの塾でも、坂本龍馬、スティーブ・ジョブズ、カエサルなど、始動力を発揮した人のケース・スタディには力を入れています。必ずしも偉くなって何をしたという話じゃなくて、むしろ「若いときにわけのわからないチャレンジをして失敗した」とかそういう話が中心です(笑)。

歴史上、真のリーダーとして名前が残っている人物の多くは、無茶なチャレンジをして野垂れ死んだ何十人何百人の中の数少ない生き残りだったりします。坂本龍馬なんて、司馬遼太郎さんが『竜馬がゆく』(文春文庫)を書かなければ、たぶん歴史の陰に埋もれていたような人でしょう。彼らはポジションとか地位を求めるのではなく、「こういうことをやりたい」「こうすべきだ」という思いで、自分の人生で始動した人たちだと思うんです。
竹村
やはり、そこですね。いわゆるテクニックやスキル、やり方の話じゃなくて、マインドといいますか。
朝比奈
日本の伝記に出てくるような人たちは、日本という国が近代国家に追いついていくために必要な知識や技術を身につけようということで、帝大に行ったり海外に留学したりしたんです。でも、今は順序が逆になっていて、まず、東大やハーバード行きそのものを目指して、「はい、官僚になりました」というふうに、ポジションを取ることが中心になっているような気がします。
竹村
主の目的がだんだん薄れてきているのでしょうか。
朝比奈
ポジションって、人生の中にどんな位置付けをつくるのかという意味もあれば、単なる外形的な地位の意味もあります。僕は「ポジションを狙う」のではなくて、「ポジションを張る」ことが大事だと思うんです。そうやってポジションを張る中で、欲しいポジション(地位)が出てくるものなんじゃないかと思います。
竹村
私どものイベントで、たとえば大前研一さんなどリーダーの方々にお話をしていただくと、自分の命をどう使うのかという意味での「使命」とか「志」のお話が非常によく出てきます。こういうものは上辺だけをまねてコピーできるようなものではありませんね。
朝比奈
実は、僕も大前研一さんのBBT(ビジネス・ブレークスルー)大学でビジネス講座をやらせていただいているんです。大前さんはビジネス・パーソン教育の中でも、今、おっしゃった「志」という部分を、ビジネス・スキル以上に重視されているように思います。やはり、ビジネス・パーソンにとって最終的に大事なのはそこだという信念をお持ちなのだと思います。
竹村
日本人はスキルとかテクニックを手っ取り早く学びたがる面があって、「で、どうやればいいんですか?」「答えは何ですか?」と聞きがちですが、答えなんかないものこそ大切だし、それを自分で見つけていくことが重要です。あらゆるものが変わり続ける世の中で、「その中でも変わらないものって何だろう」というところにこそ、リーダーシップの本質が含まれているように思います。
朝比奈
僕もそう思いますね。竹村さんがおっしゃったように、時代がいろいろ混乱してきて、組織が未来を築くという感じでもなくなってきましたから、なおさらです。

●ナレッジよりもウィズダムが大事

竹村
結局、リーダーって自分自身なんです。
朝比奈
組織のトップだけがリーダーシップを意識すればいいのではなく、上から下まで皆がリーダーシップを持つべきだと思います。そういう意識はけっこう出てきているような気はしますが、「リーダーが多すぎると混乱して組織がまとまらないのでは?」的な誤解もまだまだ根強くて。個々が状況を見てどう判断するか、というところまでを含んだ概念だとすれば、リーダーは多ければ多いほどいいに決まっています(笑)。
竹村
ちょっと極端な言い方をしますと、かつては一人ひとりに余計なことやってもらったら困る時代でしたが、今は余計なことをやってもらわなくちゃ困る時代になったといえるのかもしれませんね。
朝比奈
僕は、2020年以降くらいに、幕末とか戦後とかに匹敵する、かなりの大混乱がくると思っています。幕末って、名もなき下級武士や、武士ですらない人たちが、強い思いを持って、命がけで、始動力を持って動いたわけです。だから、うちのリーダー塾もそういうマインドセットをつくる塾じゃないといけないなと思います。それを考えたとき、教科ごとに専門のすごい先生を配するのではなく、あえて僕が全部を教えようと決心しました。行政以外は専門でも何でもないのですが、僕なりに一つのボイスで全部を教えることで、僕の勝手な理解も含めて伝えていく。そのほうが伝達力があるし、皆に火をつけられる気がします。
竹村
田坂塾をやっていらっしゃる田坂広志さんが私どものイベントでお話しくださったとき、最初にこうおっしゃったんです。「知識を与えたいわけじゃなくて、皆さんに知恵を持ってほしいのです」と。これは朝比奈さんが今おっしゃったことにすごく近いような気がします。すべての知識のプロフェッショルではなくても、その人の中で一本筋の通った知恵というものがあって、そこから派生する細部には説得力が生まれる。だからこそ伝えられるものがきっとあるのでしょう。
朝比奈
ナレッジよりもそういうウィズダムが大事だと思います。いろいろな事態に対して、ブレることのない知恵の軸で上手に受け身をとりながら、どう対応していくかということが大事であり、むしろ本質だったりする場合が多いのかと思います。
竹村
激流の中ですと、特にやり方なんて、半年後や1年後には変わってしまいます。最初に志があって、それを進めていくための知恵があって、その上にその時々のやり方が乗っていく。志と知恵がないのに、成功例のやり方の部分だけ手っ取り早く仕込んでも、うまく行くはずはありません。
朝比奈
そうなんです。僕も塾生によく言っているのが、「最後は大局観みたいなものがすごく大事になってくるよ」と。ちょっとした小手先のノウハウだけで何かするのではなく、どういうふうに歴史を遠くまで見通すか、この世界を空間的に広く見渡すかが、本当に大事です。

●教養を身につけて自分なりの大局観を持つ

竹村
激流だからこそ、どうしても近道を求めてしまう人が多くなるのかもしれませんね。
朝比奈
世の中に出ているリーダー本の大半って、「これさえ学べばOKですよ」みたいなものが多いじゃないですか。確かにコツのようなものはあるかもしれないけど、それを学べばOKというのはおかしな話です。本質的には、いろいろな時代感の中でどうするかということですから、僕に言わせればどれもインチキくさい。200とか300学んでも、そのうちの半分くらいはたぶん無駄になる。でも、何が役に立つのか、何が重要なのかなんて事前には判断できない以上、広く深くやるしかありません。ジョブズが「Connecting the dots.」と言っていましたが、何と何がつながるか、それは後になって初めてわかることです。
竹村
それが、それぞれの知恵になるわけですね。知識のフィルターを通して、どういうものが自分の中に原則として残ってくるのか。そこが大切だと思います。
朝比奈
そうなんです。古代ローマや大英帝国における盛衰のターニングポイントとか、学ぶと面白いかもしれないけど、もしかしたら全然役に立たないかもしれない。でも、そういうものをたくさん学ぶ中で、その人なりに一種の大局観を持つに至る。それが教養を身につけるということだと思います。

100も200も学んで教養を身につけたとして、使えるのは50かもしれないけど、「いいんだ、無駄でも」という覚悟でやることが大事だと思います。
竹村
そうですね。おっしゃるとおりです。ですが、今の風潮はその逆なんです。
朝比奈
やるだけやってみて、打率としては3割くらいを目指せばいいんです。イチローだって打率は3割なんですから。 
竹村
なるほど(笑)。その発想は今こそ大切になると思います。

 

第2回:終わりの姿を見据えて始動する 〜志から貢献へと向かうリーダーシップ〜

●勉強ができるだけでは世の中を変えられない

朝比奈
竹村さんがリーダーシップに関心を持たれたきっかけはどんなものですか。
竹村
リーダーシップについては、やはりこの会社に入ってからです。コヴィー博士の『7つの習慣』は、個人としてのバイブル的に読んではいましたが、マネジメント一辺倒ではなくて、セルフ・リーダーシップを発揮していくことで優先順位が決まり、それが効果的なタイム・マネジメントになっていくという発想のユニークさには非常に共感を覚えました。
朝比奈
その軸がないと、優先順位もつけられなませんね。
竹村
そうなんです。
朝比奈
僕の場合、リーダーシップについて明確に理解するきっかけは留学でしたが、その後、経済産業省に入って経験したことが大きかったように思います。

実は僕の行った高校って全寮制で、初めて東大文系に入ったのが僕だったというくらい、学力的には無名のダメ高校だったんです。でも、寮にはすごい才能の持ち主があふれていました。僕は勉強は確かにできましたが、いわゆるリーダータイプではないし、学級委員長とか生徒会長もやったことがありません。半分自虐的に、半分誇りを持って言うと、ずっと図書委員タイプでした。
竹村
なるほど(笑)。
朝比奈
そういう図書委員タイプから見ると、皆をまとめたり、キャプテンやったり、リーダータイプのやつって本当にすごいと思うわけです。どこにもそういうタイプの人はいますけど、自分で考えて動いて道を切り拓く、しかもユーモアにあふれている。そういう意味で、高校のときのやつらは本当にすごかった。一方、経産省に入省してみたら、霞が関ではすごく優秀な人たちが、日本の財政や少子化問題を何とかしたいって頑張っている。経産省はやや特殊なのですが、一般的には彼らは受験的な意味での能力こそ高いけど、自分でソリューションをつくるような能力はそんなに高くない気がしました。言葉を選ばずに言えば、日本のトップエリートが財務省に入っても、全然財政はよくならないと思うわけです。
竹村
そういうことですね。
朝比奈
皆、本当に頑張っています。でも、非連続的な思い切った政策とかは出てこない。「これをやりなさい」と言われるとピシッとやれるんですが。リーダーシップに欠けていて、あくまでフォロワーの立場で非常に優れている。日本の官僚は2〜3年のサイクルで配置が変わってしまうので、限られた時間内で点を取らなければいけなくて、難しい問題は捨てて、解ける問題から解いていく。受験テクニックと同じです。少子化問題のような難しい問題に取り組んで、2年の任期が終わっても成果が出せなかったら無能扱いされてしまうから、難しい問題は後任に任せて、自分はとりあえず目の前の課題を解いて部分点を稼ごうという。ある程度の成果を収めれば出世できますから。

つまり、難しい問題に真正面から取り組むというのは、組織の中で合理的ではないわけです。これは官僚だけじゃなくて、日本の大組織ではわりと共通する本質的な問題なのではないかと思います。

●教育現場にこそ必要なパラダイム・シフト

竹村
今のご指摘は、教育の現場にも共通する問題だと思います。現場の先生方は、英数国社理を上手に教えたいから先生になったわけではなくて、豊かな人間性を育むような教育をしたいと思って先生になっている方がほとんどです。激流の世の中で必要なのは「生きる力」「生き抜く力」であって、スキルとか高学歴なんて役に立たないかもしれない。それよりもむしろ、どんな状況でもたくましく生き抜ける人間性のところを養っていきたい。先生方は皆、そう思っている。

でも、ほとんどの時間は英数国社理を教えることに費やされているのが現状で、気持ちはあっても行動につながってはいません。それをやったら、その先生が学校の中で生き抜けないような土壌ができ上がってしまっていて、学校のシステムそのもの、それ以前に先生方のパラダイムが大きく変わっていかないと、本当の意味でのリーダーシップを育む教育の実践は難しい状況にあるようです。
朝比奈
日本全国の市町村の約半分が消滅可能性都市にあたるという現状にあって、地域の子どもたちにどういう教育をしていくかというのは、非常に重要な問題です。そういう意味では、どこもパラダイム・シフトの時期にあるのでしょう。むしろ、このピンチをチャンスにして、そういう危機感をバネに、「生き抜く力」を身につけるような教育を積極的に考えていくべきだと思います。リーダーシップ教育とか、もっとしっかりした地域教育とか。受験的な意味合いでは逆行してしまうかもしれませんが、今、本当に大事なのはこちらのほうだと思います。
竹村
おっしゃる通りだと思います。個々の成績を上げることも重要だけど、本当に大切なのはもっと根幹的な人間性を磨くことだというのは、皆さん、わかっていらっしゃる。でも、先生も生徒も、時間が足りない中で結果を出さなければならなくて。まさに、学校教育のジレンマです。
朝比奈
順序が逆になっていますね。志とか夢を実現するためには、こういう知識を身につける必要がある。だから勉強しようとなるのが普通です。
竹村
ちょっと面白いデータがあります。「自分がなぜ大学に受かったのか」を後輩たちに手記として残す風習のある高校があります。ここ何年か分の手記をお借りして分析してみたら、大きく三つくらいのパターンが見えてきました。一つ目は「夢とか目標、ビジョンあったから」。二つ目は「親とか友人、先生たちの協力とか助けがあったから」。三つ目は「部活で培った集中力、メリハリ、バランスがあったから」。

個人的には二つ目がけっこう意外でしたが、「こういう参考書を使って」とか、具体的な勉強法の話はほとんど出てきません。生徒が実感しているのは、スキルとかやり方じゃなくて、マインドのほうです。それがあるから、学科の勉強だったりスキルだったりが生きてくるという本質の部分を、生徒はきちんとキャッチしているわけです。やはり、問題は教育システムのほうなんです。

朝比奈
当たり前のことが見失われてしまっているわけですね。

●坂本龍馬の行動に見る「志」のありか

竹村
朝比奈さんのようなキャリアをお持ちで、今のような活動をされていると、政治の世界にスカウトされたりしませんか。
朝比奈
「政治に出ないんですか」とよく聞かれますし、実際、スカウトされたこともあります(笑)。確かに、政治家になってこういうことをやるのもありかもしれないけど、僕は坂本龍馬のつくった亀山社中に憧れて自分の会社をつくったものです。
竹村
坂本龍馬に憧れて政治を目指す方って、たくさんいらっしゃるのでしょうね。
朝比奈
政治家の公約とかプロフィールを見ると、「自分は○○の龍馬だ」みたいな感じで、やたら龍馬の名前が出てきます(笑)。でも、あえて皮肉を込めて言うと、坂本龍馬が今の時代に生きていたら政治家にはならないと思うんです。彼はわざわざ脱藩してやりたいことをやった人で、地位とかポジションを取りに行っていません。
竹村
飄々として実体が掴みにくい人ですね。物理的な欲とは違う部分で動いていたのでしょう。
朝比奈
そうなんです。なのに、自分はまず政治家を目指すというのは、僕はちょっと違う気がして。かっこよく言うと、そういうモラルへのアンチテーゼもあって、役所を離れた部分が大きいかもしれません。
竹村
龍馬を目指すなら、ポジションにこだわるのはなんか違うということですね。
朝比奈
龍馬は最後、大政奉還がなって皆で次の政府を考えるときも、政府の人事配置の中に自分を入れていないんです。それで、後に外務大臣になった手下の陸奥宗光が「あんたはどうするんですか」と聞いたら、「世界の海援隊でもやるかな」と答えたという、有名なエピソードがあります。
竹村
かっこいいですね(笑)。
朝比奈
彼は、徹底して「何をしたい」という志ありきの人だったような気がします。それが「生きる力」「生き抜く力」の原点でしょうし、そういうものを育成するような教育が本当に必要だと思います。

●死を意識すると真のチャレンジができる

竹村
コヴィー博士に「『7つの習慣』の中で一番大切な習慣何ですか?」と尋ねると、同じ質問を受けることが多いためか、その時々で違う習慣を挙げたりもするのですが(笑)、フランクリン・コヴィー社の共同創設者が長いおつきあいの末、勇気を振り絞って聞いてみたところ、第2の習慣と答えたそうです。

その理由は「すべての習慣の背景には第2の習慣が含まれているから」。第2の習慣というのは「終わりを思い描いてから始める」ですから、「あなたが人生を賭けてやりたいことは何か、世の中に対してどんな貢献をしていきたいのか」、コヴィー博士が言っているのは、たぶんそこの部分ではないかと思います。このお話を持ち出したのは、朝比奈さんの著書を拝読して、朝比奈さんのリーダーシップの起点には、ご友人がお亡くなりになられたことが大きくかかわっているのではないかと思ったものですから。そこで、第2の習慣に出てくる自分のお葬式の話と似たようなことが朝比奈さんの頭をよぎったのではないかと。
朝比奈
それはありますね。一番の親友が亡くなったとき、やはり「自分だったら」と考えましたし、人の命の儚さというものも強く意識しました。彼とは大学時代、ずっとサークルが一緒で、彼はキャプテンとかリーダー役、僕は支えるようなポジションでした。東大の中でも断トツに勉強ができて、大蔵省に入ったのですが、語学力もすごくて、外交官試験にも受かった。とにかく凄まじい頭脳の持ち主で、人柄も素晴らしくて、リーダーシップがあった。そんなやつが亡くなったわけです。彼の短い人生を思ったとき、自分自身だったらということは鮮烈に感じましたし、そこが自分の行動の原点になった部分は間違いなくあると思います。

「死を意識すると真のチャレンジができる」というのは、僕も日頃よく言っていることですが、おっしゃる通り、『7つの習慣』の中の「自分のお葬式にどんな人が来て、どんなことを言ってくれるのかをイメージすることで、自分がどういう人生を送りたいのかわかる」というのは本当だなと思いました。
竹村
やはり、そうなんですね。
朝比奈
原点となったと同時に、このことが第一の飛躍のきっかけにもなりました。霞が関の中で改革運動を始めて、曲がりなりにも成果を出したことです。リーダータイプじゃなくて図書委員タイプだった僕が、初めて始動したという意味で、その活動は僕にとっては一つ目の大きな飛躍として位置づけられます。
竹村
一つ目の飛躍があるということは、当然、二つ目の飛躍もあるわけですね。
朝比奈
二つ目の飛躍は、霞が関を飛び出して、この青山社中という会社をつくったことです。このときも妻の弟が胃がんで亡くなって、まだ20代でしたからかなりの衝撃でした。それで、自分が死んだとき、何を達成したら満足するのかを考えたら、「とにかくやろう」と思ったんです。
竹村
先にお話が出てきたキング牧師やガンジーなど、死を意識してチャレンジしていた偉人は多いですね。実は、コヴィー博士の葬儀のとき、それまでどこにも発表されていなかったファイナルメッセージが読まれました。英語ですと「Leave This World Better Than It Was When I Got Here.」、つまり「生まれたときよりもよりよい世界にしてこの世を去る」という。コヴィー博士の場合は、それをもってMission accomplished、任務無事完了というわけです。
朝比奈
僕がケネディスクールに行ったときの学長ジョセフ・ナイは、知日派で安全保障の専門家なのですが、彼が僕らに語った初日のファーストメッセージというのが、「君たちはto make this world a better placeのために来たんだ」でした。実は、「さあ、今日からハーバードで勉強だ!」という最初の日が、あの9.11で、授業は即座に中止になりましたが、夜になると皆を集めて、彼がその話をしたんです。まだ英語もよくわからない中、これだけは鮮烈に覚えています。

先ほどのコヴィー博士のメッセージもそうですが、気恥ずかしいくらい単純だけど、迫力あるなって。そういうことを堂々と言えちゃうのが米国なんです。
竹村
いやいや、吉田松陰とかも絶対に言っていたと思いますよ(笑)。
朝比奈
ですよね(笑)。ちょっと気恥ずかしいですけど、大事なことだと思います。

●グローバルと地域性の両立を目指して

竹村
朝比奈さんはリーダー育成や政治家政党向けの政策立案を目指す一方、NPO法人 地域から国を変える会など、地方のことにも深くかかわっていらっしゃいますね。この両者のバランスってご自身の中ではどのようになっているのですか。
朝比奈
青山社中という会社の経営だけを考えると、何かニッチなところで、たとえば地方だったら地方だけで絶対的な成果を出したほうが、ビジネス的には正しいのかもしれません。それは重々理解しているのですが、今の日本のこの危機的状況を見ると……。日本という国を人間にたとえると、脳も悪いし心臓も悪いし肺も悪いみたいなところがあるじゃないですか。地方だって人口は減るし財政は厳しいしで、国の問題とつながっているところがある。結局、どこも基礎体力が弱っている状況ですから、そういう中ではすべてが大事になってしまうんです。
竹村
よくわかります。
朝比奈
逆に言うと、「このツボを押せば全部治ります」なんてツボはないでしょうから、この混乱の時代に一つの場所だけ直しても仕方ないと思うんです。囲碁では「局面が読めないときには厚い手を打て」みたいな格言があって、実際、坂本龍馬は日本を立て直すために、本当にいろいろなことをやりましたから、そういう人生も面白い。僕らもあらゆる手を打っていこうということで、この会社をやっているわけで、ビジネスで儲けることが主軸ではないんです。
竹村
やはり、まずは志ありきですね。
朝比奈
そもそも青山社中は政策と人材育成を通して国を変えていこうとするもので、地方についてはあまり考えていませんでした。でも、リーダー塾で塾生と議論していたら、「日本のGDPの8割は国内じゃないですか。地域はどうするんですか?」と言われて、塾生たちとNPO法人 地域から国を変える会を立ち上げたんです。
竹村
なかなか面白い経緯ですね。
朝比奈
それが3年ほど前ですか。まず、新潟県三条市の商店街の活性化からスタートして、市全体の活性化まで、市長とも協力しながらいろいろやってきました。同時に那須塩原市や川崎市や沼田市からもお声がかかりまして。結果として見ると、うちの会社は、個人の育成、地域の活性化、国の政策と。
竹村
全部ですね(笑)。
朝比奈
そうなんです、どんどんやることが増えました。去年は「日本と世界をつなぐ会」というグローバルな展開にも着手して、例えば北京で「日中リーダー会議」を開催するお手伝いをしました。日中関係は難しいけれど、言うべきこと、やるべきことはやりながらも、中国の若い層とつながっておくことは大事だと考えています。日本の市場が縮小している以上、地域の活性化という文脈でも海外市場を取りに行かざるを得ないわけで、地域とグローバルを直接結びつけるような活動もどんどんやっていこうと思っています。
竹村
確かにすべてつながっていきますね。
朝比奈
この「日本と世界をつなぐ会」でフォーラムを開催したとき、「Japan as Number One」で知られるエズラ・ヴォーゲル先生に講演をいただいたのですが、彼は「その当時と今の日本はあまり変わっていない。平均的なサラリーマンのモラルは非常に高いし、清潔だし。何が変わったかっていうとガッツだよ。ファイトが足りないね」と。その講演でも、「ファイト、ファイト」って5回くらい言っていました。

最初の質問のお答えになっているかどうかわかりませんが、何でも大事だと思ってやっているうちにこういうことになってきて。とにかく「厚い手を打つ」ことが大事なので、もう動けるだけ動こうと思っています。
竹村
いろいろなニーズの下、今後もどんどんおやりになっていくということですね。
朝比奈
はい。ただ、僕の専門は政策なので、大混乱が予測される2020年以降を見越して、エネルギー政策とか少子化対策とか人口問題とか、インパクトがあって、数字の裏付けもあるような政策をきちんとつくっていこうと考えています。
竹村
最後に、志を持続するためのビジネス的なスキームがありましたら、ぜひ。
朝比奈
そこは恥ずかしながら、とにかくやれるだけやっちゃおうというだけで(笑)。この秋からは、リーダー塾に加えて、日本版ケネディスクールを始めます。30代〜40代前半くらいの気鋭のリーダーたちに、政治行政や経済財政などに関する大局観を身につけてもらおうという、学校です。その意味では、こういう教育事業を一つの柱にして展開していきたいと考えています。
竹村
素晴らしい。ますます先々が楽しみになりますね。ありがとうございました。